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zoom RSS  *神があるとするなら、その神は心に宿そう*

<<   作成日時 : 2011/06/16 06:52   >>

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ほんとうに神が存在するのだろうか。
もし神があるとするなら、それは心に宿るのではないだろうか。そうならば神は無限に小さくもなるし、無限に大きくもなる。
神は諸事を操ることはしない。なぜなら、神は生き物ではなく意志もないからだ。
よって、神を感じるのは現実を真摯に正しく捉えたときだけだろう。つまり、しっかりとした意識によって現実を正しく見ることができることが、神を宿す条件なのだと思う。

世の中の諸事を操る神があるとするなら、自然を壊す人の行いも神が導いたものと言えるだろう。
もし仮に諸事を操る神があるなら、今回の大震災は神のしわさだったと言えてしまう。さらには、福島の原発事故も神の気持ちだったと言えてしまうではないか。
   そんな神があっては、たまったものじゃない。

もし神があるとするなら、それは一人一人の心に宿るものだと思う。

神は生きる者の心にしか宿ることができないだろうし、死によってその人の神は葬られるだろう。
そうであるならば、生き残った者が死者の神を引き継げるのは、生前の神。

その人の神を引き継ぎたいなら、生きていたときの意識があったときの神を思うことだ。

死者への無念さ残念さは生きている者の感情であり、そういう感情は生き残った者の心を奪い、そこに宿るべき神の居場所乱すだろう。

死者の悔しさ無念さをおもんばかっていつまでも引きずっては、自身の心に神の宿りようがないだろうから、生き残った者は、現実を正しく見つめて自分の意志で行動するべきだろう。

ただし、現実を正しく見つめる者にだけ神が宿るとすればの話だが。


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