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zoom RSS 若草萌ゆる春べの心2

<<   作成日時 : 2011/12/20 13:27   >>

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彼はまだ小学校に上がらぬ頃だった。
姉に伴われて五月十五日のS町のお祭りに行って茶めったものだった。ある時は三輪氏の子供たちと遊び年下の者を泣かせたり、学芸会のまねをしたり障子を破って知らぬ顔で過ごしたり、花火を上げたり、人形の足を取ったり悪戯したのだった。
九月十一日の村祭りには必ず三輪氏の子供達がやってきた。そして土手に川に思う存分花を摘んだりたばをこしらえたり、夜虫を尋ねて草叢《くさむら》に入りびたっていた。彼が尋常五年の頃哲次は中学入学していた。
哲次は彼に剣術を教えるとか、柔道を教えるとか言っては彼の家の芝生で転ばしたものだった。彼も早く中学へ入って剣道や柔道が習いたくて堪らなかった。特に彼は剣道が好きだった。哲次はよく英語で話した。義雄はよほど哲次を偉い者だと敬服した。そして英語を話せる哲次を羨ましく思った。
彼は大正八年三月小学校を卒業することになった。父は、行くゆくは百姓にならねばならぬこの子のことだから、高等小学校へ入れてやると言った。彼の中学校への希望はなかなか許してくれなかった。彼も仕方ないと覚悟していた。それで小学校で入学準備の予習があっても精を出さなくて受け持ちの中村先生を怒らせて七時まで学校に留め置かれたこともあった。しかし一つの事件が持ち上がった。父の意志が急転直下入学試験が明後日行われようという三月二十七日、父は彼に受験を許したのであった。
彼が村の鎮守様の遊びから帰ってくると父は彼を客間に呼び入れた。彼は客間に見知らぬ人を見た。父は彼に言った。入学試験に合格したら(中学を)出してあげよう、と。
客は「どうです入りたくありませんか」
と言った。彼は夢中になって喜んだ。夜もねないで勉強した。義兄のもとで。
義兄は姉と結婚して彼の後見として彼の家《うち》に居た。
「父の方針が変わった原因はどこにあるのだろう。父はなぜ僕を中学校へ入れてくれたのだろう」  
これが彼の疑点であった。
成績発表の朝彼は父母に合格していたら玄関から入ります、でなければ裏口からねと約束した。母は垣根まで送ってくれた。
二十七番、これが彼の入学成績であった。父母は喜んで湯を沸かしてくれた。父と一緒に湯に入った。父は丁寧に擦ってくれた。そして彼を中学に入れた動機を話して聞かせた。
「父さんもお前を最初から中学校へ出してやりたかったのだよ。でも将来お前は田に返らねばならない。生半可な学問をするより高等小学校でうんと勉強してもらおうと思ったのだ。しかも義兄さんも姉さんも頻《しきり》に中学校を出なければ今後の人間は駄目だというし、先日三輪氏もお前をどうするかときかれたから高等小学校にしますと言ったらせめて中学校は出しなさいとおっしゃったしね、
それにお前が外から来た時お客さんが見えたろう。あの方は中学校の美濃部先生といってね地理の先生だよ、お名前は道義とかおっしゃったね、名刺があるから上がったらごらん。三輪氏も特に先生から来ていただいて下さったのですしね、お母さんに相談したんだよ。
こんご、姉ちゃんが言ったように勉強するんだね。入るのは誰でもできるが入ってからが大切なのだからしっかり頼むよ。人に笑われるなよ」
彼は彼を中学に送るべく努力をして下さった方々に感謝した。

(榮二 注  当時のS中学の記録によると、義雄の卒業した大正十三年の卒業者が七十三名。単純計算すれば、その二十七番で合格したことになり、受験準備をしなかった割には好成績だった)
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二年の月日は過ぎた。
淋しく思いながら姉の葬式に続いた。幾百の生徒が家先から続いた。
それから父は病床に就いた。姉を失って落胆したのであった。不幸は重なった。また二年して彼の支持者父は再び帰らぬ旅に立った。
彼の身の上に変化が起こった。母が彼を中学校を退かせる動議を出したようであった。彼はまだ中学三年であった。母の意志に従わねばならぬと思った。
「折角三年まで来て止《よ》すというのはどういうことです。折角の学問をどうするのです。中学だけは出してあげなさい。それ以上はその時として充分考慮しなければなるまいが」と義兄は言ってくれた。新潟にいる母の弟も母の不明を攻めた。
「姉さんはなぜ義雄を退学させようとするのです」
「学問はいいには違いないがね、父の亡くなられた後、学問したというので生意気にでもなろうものなら世間の話の種になるからね。私は女ですしこの子は兄姉も居ないのですから我が儘になるとね人に後ろ指を指されますからね」
「では今退のかせてどうするのです」
「村の新宅へでもやって百姓のけいこでもさせようかと思って」
「姉さん考え違いではありませんか。学問が本当に役立つなら決して生意気にはなりますまい。かえって、これくらいの知識がいちばん危険なのです。生半可な知識を持っているから破者となるのです。まあまあ中学だけはお出しなさい」
村の分家も小作の者も
「せめて中学だけ卒業して頂かなくては、それまではどんなことでも私たちがしますから」
と言った。彼は村人に深く謝した。
他日、自分はできるだけのことはしてやろうと考えた。
母も漸く納得したのだった。
 ***     ***
その後彼は幾多の問題を経て中学を卒業した。彼は村の親類に百姓の仕事を習いに出かけた。然し彼はその頃から教員生活を考え出していた。
三月のある日、彼は三輪氏を訪ねてS学校へ心配していただきたいと願った。そして師範に行くことすら許されなかったので検定を受くべく勉強した。
四月十四日、彼は新潟で受験した。毎日試験のことを心配しながら田に畑に大地に親しみつつ鍬を振って二ヶ月を終えた。六月の終わり彼は氏の骨折りによりS校第二部に代用教員として奉職したのであった。
部長は栗原治吉といって彼が小学時代の旧師であった。精悍な目は何物をも見極めずにはおけないという形ではあったが、人情は至って濃細であった。彼は三輪氏に伴われて旧師の宅を尋ね、その問いに新たな親しみを覚えてきた。
この方の下で働く自分をとても幸福に感じた。二時間余りを過ごして明日より出勤することにして辞そうとした。部長の子供が出てきて挨拶した。部長はこんどお前達の先生がお見えになったのだよ。しっかり勉強しなくちゃならないよ。と言った。彼はただ黙って笑っていた。
帰りの路々種々な連想をした。あの子の先生になるのだ。正雄君と言ったっけ。
先生? 明日になっても僕はちっとも変わらないはずだのに。先生? 彼は微笑して三輪氏に続いた。その晩は氏の宅に泊まって教員としての心得を教わった。
七月には無事試験に合格した。
日一日と深まり行く愛情・強い焔は彼と教え子を包んだ。
一年は夢のように過ぎた。
教員の出入りは相当厳しかった。でも彼は再び子らと過ごすことができた。彼は今日一日を前日より以上に過ごすことを精神とした。部長は時々彼を呼んで教授上の注意を教えてやった。彼も始終部長を師として仕えた。教授上につき研究した。部長は彼の主義を褒めた。校長も時々教室をめぐっていた。彼が指導を受けに行くたびに今の気持ちで進んでくれと激励した。彼は幸福だった。
彼はここに彼の職を発見した。
師範を出なくても精神の致すところに人は認めてくれるものである。基礎さえできればただ児童のため邁進するのみ、彼は再生の意気を持って新学期に望んだ。
三カ年間は実に彼の飛躍せる年月であった。
大正十五年も終わろうとする十二月の頃、ちょっとした風がもとで部長は病床に倒れた。それ以後は主席訓導小林盛策が部長代理として勤めた。 義雄は月に三回は必ず部長を見舞った。部長は彼に言った。
「私はこれくらいの病気で寝ていたくない。足さえ立てればどんなにしても出席するんだが病には勝てないね。学校の方はどうかね。皆元気かね」
「みんなが一生懸命です。先生早く癒って下さい」
「有り難う。すぐなおるぁね、ちょっとした風だから。あんたは体を大切にせねばならないね。無理しちゃいけないね。私も夏水泳をやらねばよかったがね、あれでやられたらしいね。私は人が言うように酒で悪くしたんじゃないと思うがね。いや、呑むんじゃありませんね。呑むものじゃありませんね」。
「先生、僕はお酒など好きでないから心配しないで下さい」
「正雄がきかないでしょう。うんと叱って貰わなきゃあ駄目だからね。中学校へでも入れてやろうと思っているのだから」
「正雄君もしっかりやっていますから心配いりますまい。中学なら楽に入りましょうから」
部長はしばらく目をつぶっておられた。そして何か思案する様子で口を微かすかに動かした。しかし声には出さなかった。まなじりに涙が伝わっていた。
「あんた小林君をどう思うね」
彼はちょっと驚いた、突然な問いである。彼は当惑した。
「・・・・」
「小林先生が好きかというんだがね」
「良い方です。私は大好きです。先生のふところにはどんな血が流れているかと思われるほど味のある温か味のある方と思います」
「そうか・・・それでいい」
「先生どうかしましたか」
「いやどうもしない。今の気持ちを忘れてくれるな」。
彼は部長の宅を出た。

小林部長代理は大校長の風を持った人である。余り話す方ではないがどことなく人を引きつける魅力の持ち主である。氏の言葉は多言ではないが真髄をえぐっていた。言葉に大して飾りはないが温か味が含まれていた。とくに氏の眼には底知れぬ知と情を存していた。氏の読書と氏の思想がもたらした徳である。氏の懐に抱かれる凡ては幸福であらねばならなかった。彼は小林氏の言葉が好きだった。氏の習作には思慕していた。彼は一方に部長の病を憂いながら氏のもとに働く自分を愉快に思っていた。
そして来年は六年となるべき児童を如何に教育すべきかに腐心した。社会に出ようとする七十四の児童を送り出す自分を想像して。

世の中に予想を裏切られるということがなかったらどんなに良いことだろう。
確信したことが裏切られた者の嘆きは到底他人が想像できるものではない。
確信とは自己を信頼することである。自己の凡てを信じることである。自己の価値を認めることである。従ってこれを裏切られた時には、自己の価値を認められなかったことになる。価値のない存在は不要物であらねばならない。生命を持つ者は生命を絶って永久に社会から遠ざかるべきものである。自殺する凡てのものはそうである。介川氏の死は一般に羨ましがられている。しかし氏の自殺もまた、自己を自己の認めた真理に比して価値を認めなかったからである。恋愛せる二つのタマシイも然《しか》り、魂と魂の融合に真に価値を認めたならば生命を絶つ必要はないのである。生命は維持されるべきである。幾度か裏切られながらなお生命の維持を保てるのは、この世の中に何か自己の価値を信じてくれるものがあるからである。この何かを得るにはその生命の修養に俟《ま》たねばならない。その生命に絶対服従していなければならない。その生命の続く限り自分もそれに従っていかねばならない。自らその生命を嫌煙してはならない。自己はその生命・絶対価値を認めねばならない。

その生命とは何か? 自己の 心臓である。
神に捧げて恥じない血潮である。赤い精力である。
心臓に信頼する者は強き者である。真理に向かう勇者である。自己と生命との闘争は尊い生命生活史を作る戦いである。
 戦い!
この言葉よ。なんと生命を受けた者を恐怖せしめるではないか? しかし生命を受けた者が自己の生命に忠実なれば闘争や戦いは永久になくなるものではない。言葉の現す味方の意義、それは生命同士の約束にすぎない。味方同志は自己の生命を守ることに躊躇《ちゅうちょ》しないものである。
それなら親友とは何か?
如何なる者を親友というか?
言葉にばかり囚われることはものの解決に誤りを生じやすい。自然の流れは最も自然である。
自然の解決は不可能である。自然はただ
「見よ、感ぜよ」
これだけを生命に許している。
生命の進歩は見ること感じること、および人工的加工によってなされる。人工的加工とは社会構成の諸要素である。しかし人工的加工によって一層自然が生命に許した、見ること感じることの機能を動かし得るものである。
信仰とは何か 崇敬《すうけい》とは何か。
生命は自然の与えた不可抗力のものである。
これに基礎を置いて分生した感情は決して不可抗力のものではない。人工的加工の及ぼす影響は主に感情に働くものである。生命は各々 異った経路にのみ進むものである。これは他と癒合したり共同したりするようなことは決してない。癒合することも共同することも或いは離反することも皆生命の分生の自由な働きである。
生命はこれらの分生の働きには容喙《ようかい》(口を挟む)することはない。しかしこの生命はこれらの分生能力の働きによって与えられる名誉は当然受けるのである。これが生命の進歩である。感情は然からず《そうでなく》これは名誉を感ずるに過ぎない。それによって生命を進歩せしむべきことに一層努力はするものの、当然受くべき何物も持たないものである。
感情は自己の生命を見るよりも心の感情を観ることが敏である。
一つの感情は(単一感情の謂《いい》にあらず複合感情高等感情のことである。「一つの」は一つの生命が持つ感情のことである)は他の感情に対して常に同じ高度強度を持つものではない。他の感情の与える程度によって左右せられるものである。ある時期において強い感じを与えた時にその感情同志は癒合もし共同もするものである。 崇敬するとはなにか、此の強い働きの結果である。
第一者が受けた第二者の感情の強度は第三者の感情によっても左右されるものである。
自己が信頼している人物を第三者の容喙《ようかい》により極度に嫌悪するがごときも然しかり、されど第四者により第三者の自己に不忠実なるを知るとき自己の第二者を信頼する程度は前に倍加されるものである。 
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三月も半ば過ぎ春陽麗《うらら》かに鶏鳴長閑《のど》かに流れ残雪を割る村の朝が続いた。彼が行く道筋に若草が萌えだした。新興精力を以てのびようとしている。
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 若草萌ゆる春べの心3につづく

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