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zoom RSS 若草萌ゆる春べの心3

<<   作成日時 : 2011/12/20 13:34   >>

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義雄は昨日以来の問題に悩まされていた。鳥の声も小川のせせらぎも彼には何の感興も起こさせなはしなかった。かえって自分を悲しむもののように思われた。
「小林先生は僕を知っていてくれられるはずだ。昨日なぜ今日のように話してくれられなかったのだろう。僕がピアノを弾くからだっていっていた。ピアノくらい誰だって弾くだろう。僕になぜ今日のように打ち明けてくれなかったのだろう」
夕日は沈んだ。カラスが本成寺の森へ飛んでいった。鐘の音が響いてきた。今日は彼岸の終日である。彼は再び学校での出来事を考えた。小林氏の目が沈んで見える。
「あんたはピアノが上手いんで一年を持って貰いたいんだがね」
「私はピアノなんか上手でありませんし、一年など駄目です」
「さようでない。ピアノ等はああいう技能科は誰でも弾けるといったもんでもないし、又そうじゃぁないかね。仮に私が持ってみたところで変でしょう」
「私は今の子供達から離れたくありません。折角これまできたんですもの、あと一年で卒業ですし」
「いやそれですがね、校長もあんたから一年を受け持って貰いたいといって居られるしね」
「とくに私などに? 他に当たる人もあろうに」
「まあ見渡したところいないじゃぁありませんか。渡辺君、清水君といってもね」
「私も何も目的なしで教育している訳じゃないのですし、もしご覧下さるなら私も嬉しいのですが」
「いや拝見させていただきましょう。そして校長さんにも話してみましょう。部長さんが休んでいられるのでね都合が悪いのでね。だがこの問題は互いに感情に走らないようにしよう」
義雄は自分の教育観を綴った雑記帳を小林氏に渡して帰った。
「どんなことがあっても身命を賭しても勝ってみせる」 
彼は目に見えない像を相手にげんこを握った。
明くる日三時限に彼は宿直室に呼ばれた。
「なにくそ」
彼の反抗心は極度に燃えた。平静を装いながら宿直室に入った。小林氏の机にもたれた姿が目に入った。氏の姿はあまりに慈父であった。彼は火鉢の前に座りながら自分の決心の翻ひるがえるのを恐れた。
「あんたがあのように言うので昨日あれから校長の所へ行ったがね、校長の気性はあんたも知っている通りでね。今朝部長さんを訪ねたが先生は蒲団を頭までむぐしていられる始末。時々『そうしてくれ』と言われるばかりでご自分では何も言わないので私の言うことに肯定するばかり、話をしようにも出来ないのでね。部長代理であってみれば部長の意をつぐのが関の山です。決して私を誤解してくれるな、あんたは栗原さんさえ達者でいてくれたらと思うでしょう。勿論先生がお達者なら、どこまでも主張されるでしょう。然し私はあんたの話を校長に取り次ぐより他私の意見を言うくらいなのです。他の部長でも私の意見に賛成してくれればよいがそれも部が違えばね」
「先生校長先生は僕の何が悪いというのです。一度も僕の教授を観てこれが悪いとも言わないで僕からあの子供達を取るとは非人道な事と思います。僕は先生を怨むようなことはしたくないと思いますが僕はどうしても正当な理由なくしてこの組から離れることは嫌です」
「あんたにそう言われると、私は板挟みになります。さて困ったな・・・」
「・・・」
「・・・」
「でも僕が師範を出てないからとでも言うのですか?」
「勿論それもあろう。 さて困ったな」
「僕は尋常科を受け持つ資格があるのです。
例え師範学校へは入らなくとも」
「然し世間の人がね、あんたの組は優等学級でしょう。来年は中学校へ向かう子供もあるでしょう。もし万一のことが子供達にあると、父兄側では立派に師範を出た先生があるのに、と言うに決まっている。それには学校当局として弁解に苦しむのでね。・・・さあてな!」
彼はこれには黙っているよりほか仕方がなかった。彼は涙を流した。
「なぜ今になってそのようなことを言い出したのです。僕は三年の時から一緒にいる子供なのです。なぜもっと早く受け持ちを変えなかったのです。僕にはその心境が知れないのです。それとも僕が先日の操行査定舎に言った言葉が校長の気に触れたのがもとですか? しかしそうであるなら自分《わたし》の受け持ちの児童の弁解は出来ない筈です。最も親切であらねばならない教師の責を剥奪するものでしょう」
「いや校長はそんな私的な考えはないと思っています。 とにかく 上司の命令です」
彼はこの言葉に憤った。
「教育を心得た人の言葉ですか。僕は嫌です。一年生など持ちたくありません正当な理由がないならば。押しつけられれば仕方ありません」
「私は前から言っているように、感情の問題にしたくない。あんたもそのつもりで話して貰いたいのです」
「僕もそのつもりでいます」
「さあて! いや、又校長に願ってみましょう。それで出来なかったらあんたもあきらめてくれなきゃいけない」
「よろしくお願いします」
教室で並ぶ子供達の顔を見ると張り切った心がゆるんで涙が出そうになった。『女々しい』とは思いながら。
小林はいい加減なことを言っているのだろう。誤解も糞もあるもんか。ある人は僕に言ったではないか、こんど一年だそうだね、君も栗原先生がお達者ならと思うでしょう。好意を持って事に当たってくれる人がいないとね。
・・・
・・・

小林はきっと、きっと よし!

どんなことがあっても引き受けるものか。 仮令《たとえ》首になろうと。もしそんなことをしてみろ新聞だって飾りじゃないのだから。
彼はすごく微笑した。
母は彼の顔色が悪いのを大変心配した。彼は何ともないのですといいながら床に入った。蒲団をかぶって男泣きした。彼は師範出の者を呪った。彼らと自分の力を比べて慨嘆した。世間の無知を嘆いた。自分の味方と誤解した小林を怨んだ。校長を敵視した。そして彼はたまらなく淋しく思った。師範にさえ出してくれない母をにくらしく思った。世の中のあらゆるものを呪い尽くそうとする裏から社会の制度を凝視した。

  ・・・ー ーーー・・・        ーーー・・・・・ーーー
 ・・・ー ーーー・・・
「学校出と学校出でない者は大変な差があるね」
「君はいいね、学校出たばかりでそんなに楽しく暮らせるんだもの」
「師範で一年遊んだようなものでね、二部生なんど全く遊んだね。一部生にはそれでもまじめな者もいたがね、よほどの者でないと勉強しないよ。平々凡々よ」
「それでも出てくれば自分も人も認めてくれるからね。社会はよくしたものさね」
「あんたら実際からいうと私達より勉強されたのですがね」
「それで検定出は世間が重く見てはくれないからね。子供でさえこんなこと言ってるんだよ、一年ほど前のことだがね、新飯田って子が、先生は師範出をしないんだってねというから、そうさ と言ったら『うちの人がねお前達の先生は中学校を出なされたが試験を受けられたのだと聞かされたのです』と言っていたよ」
「大分わかった人だね」
「親父はやっぱし僕のような経路をもとめて来たのさ」
「成る程それで同情したわけかね」
「まあそんなものだろう」
「君、高正を受けたらどうだね」
「有り難う、僕も出来るだけやるつもりだよ。人が認めてくれなくとも僕は自分のためだと思ってね。今まであまり不勉強だったからね」
「そうでもあるまいが」
「僕は子供達より自分を養うことに忠実な者が成功するのではないかと時々思わせられるよ」
「まさか」
「特に近頃そうだよ」
「君は又例の問題を考えているな?」
「しかたがない」
「女々しいよ」
「仕方がないよ許してくれ」
「男じゃないか」
「男だから残念なのさ」
「思い切れよ」
「思い切れないよ。自己の力を信じるからね」
「成る程、同情するよ」
「僕はね邁進するよ。自己の所信に向かってね」
「むちゃになるなよ」
「大丈夫、意識は確かだからね」
・・・
「義雄、義雄、新潟の叔父さんがおいでになったよ」
「君きみどこへ行くんだい? 」
「新潟の叔父さんが・・・」
『君新潟へ? 新潟へなど僕行かないよ、独学するよ」
『義雄新潟の叔父さんが見えられたよ」
「ハッ 新潟でね?・・」彼は目をあけた。
着物を着替えて茶の間に出た。
「義雄君寝ていたそうだが、どこか悪いかね」
「いえ」
「今から寝るなど我が儘な先生だね。ちっとは勉強せよ」
「ハイ」
「なんだか元気がないね。どうしたんだい?」
「いえ、何でもないんです。でもね叔父さん、僕ねことによったら学校よすかも知れません」
「驚かすじゃないか。突然どうしたんだい」
「僕は今になって学校へ行ったのが誤っていたのではないかと考えるのです」
「なぜと言っているんだよ」
「僕は師範学校を出ていないのです」
「それで?」
「僕は人に認められないことが残念です。僕は男ですもの」
「そんなこと今に始まったことじゃないじゃないか。人に認められるために働こうなど思うから誤っているのだ。自分は自分のために働くのだ。そしてそれが他の為になるのだよ。君だったら君の子供達(教え子)のためにな」
「叔父さん、僕は今その子供達を奪われようとしているのです。今度はね一年を受け持つことを強要されているのです」
「お前は五年生を持っていたはずだったね。 今度一年を?・・成る程それで君は子供達を奪われるというのかね。お前も先生にまでなってわからずやだね。お前にはかえって子供が加《ま》したではないかね。とくに一年を受け持てとは、校長も見上げた先生だよ。一年生は母のような慈愛がなければ育てることが難しいのじゃ。 お前の人格のどこかに人を慈《いつくし》む閃きがあるのじゃ。先生がそれを認めて下さったのじゃ。お前にとってこんな目出度いことはない。喜んでお引き受けしたであろうな」
彼は叔父の言葉に呆然としていた。
開いた口がふさがらなかった。
叔父さんて何て分からずやなんだろう。
これくらいの屈辱はないと思っているのに、認められたなど。馬鹿を認められて喜ぶような馬鹿はあったものでない。彼は向っ腹が立って仕方がなかった。
叔父はにっこりしながら
「義雄君茶でも出せよ。田下に力があるかね?」
彼は去りし日の坂巻校長の教訓を思い出しながら、 田下の力 膽田 努力せよ
彼は茶を出してすすめた。 叔父は一口啜って彼を見守った。
「僕はイヤだと言いました」
「それは又なぜかね」
「僕は丁度あやつり人形のように思っている小林氏が憎いのです。何の理由もなくして僕を一年に移す校長は卑怯です」
「ホウ、あやつり人形と見られたらあやつられたが良いよ。理由なくしてではなく、お前に言ったような立派な理由があろう。小林氏とは誰か」
「部長さんが病気だから部長代理をしている方です」
「なぜお前はあやつられたと思うのかね」
「なぜって別に。でもね、ある人が『あの人に誠意があったらね』と言っていました。そして氏はさかんに僕に誤解してくれるな、自分は代理なるが故に自己の主張はどこまでも通せないのだと言いますから、たぶん校長や部長の所ではいい加減なことを言っているのだと思います」「それはそれは小林氏もとんだ御難だね。校長には押さえられ、君には攻められ同情は小林氏に与えるよ。茶をもう一つくれないかね。・・・どれ、わしの言うことを聞いてみるがよい」
【社会の人はね、自分より有利な地位にある人を快く思わぬことがあるよ。また、事件を大きくして喜ぶ者もいるよ。これらの人物は皆社会を破壊する分子なんだよ。こんな者にまかれるような意志の持ち主であってはならないよ。人にものを言われた時に言葉をよく考えて反省できないような小心者に成功者はないね。 県庁に安達という技師がいる。この人は県でも有数な橋梁技師なのだよ。この人が六日町の橋を設計した時にだね。それでよろしいと上司の命で作り始めたのさ。
ところが工事も基礎工事ができあがった頃、上司の技師がその設計はいけないからと言って自分で設計を修正して安達氏にやらせたのだよ。安達氏は快くそれを基礎として工事を始めたところ中頃に至って設計の不備だったため基礎工事に不完全な箇所が出来たのだね。それでさらに上席の技師が前の安達氏の設計通りやり直すように命じたのだよ。それでも安達氏は眉一つ動かさずよろしいと引き受けて工事を仕上げたのだよ。普通の人の出来ない安達氏の腹だね。ある人が安達氏によく黙って工事しましたね、と言ったら『私は県の為に働いているのです。上司の為に働いているのではない。上役はただ制度上に設けられたのに過ぎない。私達が上役の命を重んじる時に県の仕事は立派に出来るのです。私一個の感情で県の損失はこしらえたくはありません』と答えられたそうだよ】
「義雄君どっちが上手《うわて》だね」
彼は叔父の話と自分の行為とを反省した。
「叔父さん、僕が悪かったのでしょうか」
「考えてみるのだね」
「人間から面目といったようなものを除いたなら生きがいなどないじゃありませんか」
「社会は君の行為を入れるには狭すぎるよ。考えてみるんだぞ。今すべての者が自分の思い思いのことをしてみろ、国家はどうなると思うね。仮にね、お前の家の者が自分の思い思いの願いを君にして頑として君の忠言に応じなかったらどうするね」
「・・・」
「同じ意味において君の社会すなわち学校においてお前のような行為をすべての者が勝手にしたらどうなる。その結果は予測に難くあるまい」
「でも僕が正当な学校を出ているのでしたら」
「お前にだけ例外が許せようか?」
「でも今五年生を受け持つ者は私を除いて全部が六年生に持ち上がりました」
「それがどうしたってんだえ。君以外の人は一年を持つ慈心が君より少ないのだと思えば良いではないか。学校は又、社会に対して正当な弁解の出来る方向をめぐるのが正規なのだよ」
「もし僕の資格云々するのなら致し方ありません。それなら最初から一年を持ってくれ、君の資格として卒業学年をもってもらうことは世間ていが良くないから、師範卒業者をして持ってもらわねばならないから、悪く思わないでくれ、となぜ言って下さらなかったのでしょう」
「お前な、子供達の悪癖を直す時に頭から悪い子だというかね?」
「いいえ」
小林氏の苦心の跡だよ、小林氏はまれに見る人情家だよ」
「なぜ?」
「お前は学校に使われているのだよ。上の人には絶対に服従せねばならぬのだよ。命令されても仕方あるまい」
「・・・」
「義雄君、今まで中学校の校長さんの言葉を忘れていたね、『田下の力を』よ」
「命令? 同じ人間が?」
「誤った考えをするものでないぞ。同じ人間、人類は平等であらねばならぬ、とでも言うのだろう。それを言いたかったらまず平等たることを口になし得るまで努力せねばなるまい。位置を変えてお前の子供達が平等でなければなりませんと叫んでみよ。学級はめちゃめちゃだろう」
「そうでしょうね」
「学校は校長が治める国家の縮図ではないか。平等を考える頭があるなら、校長として腕のある人物にならねばならない。平等は人間の特権ではあるまい。努力する者に天が与えた特権であるのだよ」
「はい」
「明日は行って、小林氏に謝せよ。小林氏はよろこぶよ。義雄君寝よう 寝よう。 また照る日もあろうよ。人の言葉に左右される以前の眼で小林氏を見るんだぞ」
 ーーーーー・・・・・ーーーーー
若草萌ゆる春べの心4へつづく

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