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zoom RSS 若草萌ゆる春べの心5

<<   作成日時 : 2011/12/20 13:43   >>

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  ーーーーー翌朝・ーーーーー
「先生よくわかりました。僕は昨夜決心しました」
「昨日校長さんに話したがなかなか聞き入れてくれなくて困っているのだが」
「先生僕は昨夜叔父さんから県の安達技師の話をうかがいました」
彼は一通り技師の話をして彼の決心の経路を話した。
「・・・・・そして決心したのです。私は一年を持たせていただきます」
「一年をもってくれる?」
「はい」
「有り難う 有り難う 中澤君 有り難う
私も責任を果たしたわけさ。あんたには言われ、校長は聞かないしね、全く板挟みにあっていたんでね」
「先生すみませんでした」
二人の手は無言のうちにしっかり握られていた。熱ばんだひとみが電光のように瞬いた。熱い涙がにじんでいた。無言は何よりも感激を与える。二つの生命の鼓動は結ばれた指を伝わって腕から心臓へ。・・・・・・
「先生すみませんでした」
「私は今日の日を信じていました。きっとあんたを説いてみせると心に誓っていました。 しかし私は今日の日を待っていました。信じていました。私も真剣でしたよ」
絡まれた糸の解け口を見いだした少女のような喜びが小林氏に溢れていた。
「さっそく部長に話しましょう。よろこんで下さるでしょう。校長も安心するでしょう。あんたが自暴になりはせぬかと心配していられました」
「僕も男です一度受けたことを 女女しくはありたくないのです」
彼らは手を解いて別れた。
一週間悩みつくした彼は久しぶりににぎやかな自然の成長する堤に立った。   
霞の彼方に強い希望をもって。 
政戦、彼はふとこんなことを思った。
郷村の為に
「俺は今日問題を解決したのだ。支配者のような誇りを感じている。雄々しい勇途の門出をしたのだ。七十四の生霊を慈しんだ俺はさらに大きな期待を持って幾千の新生霊に接するのだ。小林氏は言った、どんなに部長は喜ぶだろうと。
明日にでも伺ってみよう。

・・・だが・・・
  俺の心にまだ擬雲がある。

小林氏の誠意の所在だ。叔父さんは以前の眼で氏を見よと言っている。しかし人間は表面のことしか観察できないものではなかろうか。もし部長が居てくれたら、とある人が小林氏の誠意を疑ったように俺も疑わずには居られない。感激して俺の手を握った彼の心は、どんなに俺を青二才と軽蔑していたか知れない。
否否、人を疑っては ? しかし ? 俺はわからなくなってきた。とにかく新しい児童を他の受け持ちの児童より良くして俺の腕を見せてやろう。 よーし、それだけだ」
彼は二十七日の日記をつけて静かに寝た。久しぶりの熟睡が彼を包んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「先生はね、今度一年生を持つことになったのです。お前達は新しく赴任される先生に持っていただくのです。君たちを呼んだのは他じゃないが君たち七十四人の友は君たちによって行動しなければならないのです。君たちがしっかり組の規律を守ってくれるなら君たちは立派に学校の自治者となれるでしょう。僕はそれを望むのです。学年は違っても君たちの一言一行はよく見ています。今年の六年は立派だったといわれて下さい。君たちには僕の精神が流れているはず。そして勉強するんだよ。社会に出る前にうんと勉強せねばならない。勿論社会に出てからも勉強はせねばならないがね。自分の為に自分を磨くのです。その良習慣は君たちが級に伝えねばなりません。わかりましたか」
「はい」
生徒は面《おもて》を伏せていた。彼も面に涙が伝っていた。彼は涙を見せまいと努力して笑っていた。
彼は男女代表三名ずつを呼んで六年になってからの心得を諭した。何も知らない他の児童達は無心に廊下をとんで運動場に急いでいた。
・・六人の代表は彼に誓った・・    
「やります」
彼は笑った。
「有り難うみんなで握手しよう。そして南の風の あの歌を歌って別れよう」
春日《はるのひ》静かにさす二階の唱歌室で彼らは和した。

♪♪♪♪♪♪♪ ♭♭♭♭♭
南の風の吹く頃は
 ザボンの花が匂います
ザボンの花の咲く夜さは
  空には白い天の河
三つ星、四つ星、七つ星、数えていたればついねむって ついついとろりとねんねした
  そのまま朝までねんねした
南の風の吹く頃は
  ザボンの花が匂います

今日は学級の代表者に級のことを頼んできた。
外山よ、崇村よ、高橋よ、爾《なんじ》らは男性なり、雄々しく彼らを指導せよ。
真田よ、鶴巻よ、西方よ、汝《なんじ》らは女性なり、優しく強く彼らを導け
春日は炎ゆ
若芽はもゆ
我 はもゆ
血潮はもゆ
行け 進め
我が血潮  なんじらは受けたり 

  ************

彼はふと、部長を見舞ったときのお顔を想いだした。「先生」「有り難う」ただこれだけの会話、しかも部長の言葉は彼の脳裏深くに蔵されている。
幾月か過ぎたが、彼は疑惑を抱きながら小林氏を眺めて進んだ。彼はすべての雑務から遠ざかるべくただ自己の学問にのみ向かって進んだ。時間の配当上彼に六年の唱歌を受け持つことを要求されても彼は例の感情から頑として受け付けなかった。理科の主任を申しつけられても容易に受けなかった。校長に面談して強く辞退したこともあった。しかしそれはついに許されなかった。
彼はこの問題が起きた当時から自分の引き出しに辞表をしまっていた。彼は課業さえ終えれば正午でも何でも帰ってしまった。
暖かくなるにつれて部長は学校に五分くらい出席されるまでになった。彼は部長と顔を合わせることを好まなかった。部長に謝辞を述べられることを恐れたからであった。彼の決心のにぶるのを恐れたからであった。
夏休みも過ぎて九月に入った。新学期を迎えて学事は一層光を加えてきた。九月の行事、高等科オリンピック大会が三條島田グランドに開かれた。部長は見物に来るまでに快くなっていた。しかし部長はちょっとした油断から遂に命を落とす原因をここに作ったのであった。
年も明けて昭和二年二月二十八日部長は遂に他界した。
義雄は登校の道中部長の訃を聞いて驚いて駆けつけた。無心な子供達はわけもなく立ちすくんでいた。
彼は部長の枕元に座して拝礼した。正雄のしょんぼりした姿に新たな涙を催した。
『この子も又、父を失ったのだ。俺のように。この子の力となってやらねばなるまい。ちょうど先生が僕の力となってくれられたように』。
彼はたまらなく正雄が愛しくなった。もし親戚の方が居られなかったら抱きすくめてやったかも知れなかった。
学校へ出ても味方と言うより自分の指導者がなくなったことで心がいっぱいだった。授業も手につかなかった。
葬式は三日して出た。全校の生徒が野辺送りした。町の人たちも哀れな母子を見、又先生の徳をしのんで先生の死を悲しんだ。
一ヶ月が過ぎた。中学校の入学試験の発表があった。翌日彼はその報告をもたらしに栗原氏を訪ねた。正雄君の入学祝いに万年筆を買っていった。
仏壇には燈明が上がっていた。思えば先生の命日である。
正雄は凧を上げていたがお母さんに呼ばれた。
「正雄君おめでとう。今度これでうんと働くんだよ」
彼は野島でもとめた万年筆を彼に渡した。正雄もお母さんも喜んだ。
「まあ、こんなに心配して下さいました・・・正雄や、しっかり勉強して先生のお言葉は忘れられませんね」
「今日は先生のご命日ですね、お詣りさせていただきます」
先生の写真が呼びかけているような気がして座を離れかねた。種々な考えが再び脳裏によみがえってきた。黙祷、しばらくして座に戻った。
「この子も最後まで先生に持っていただきたいと家《うち》でも申していられましたが校長さんがきかれませんのでね、たいへん残念に思って居なすったのでございます」
「とんだご心配をおかけしました」
「小林先生もたびたび一日に二度も三度もお出られましたし、うちでも先生は当然承知しまいが小林先生にはそれを強いて部長会議に主張することが出来ない立場だしと、大変小林先生に同情していられました」
「・・・」
「私も、正雄を三年も先生から持っていただいたのでございますのですし、もう一年のことでもございますし、先生から卒業させていただきたいと思って居ったのでございましたが」
「何しろ私が至りませんので」
「師範でも出ていらっしゃればと内でも申しておりました」
「私も覚悟しております」
「もし出ていらっしゃれば、他からどんなことを言ってきても校長さんも言い開きが立つのだと言っていました。成田さんなども何でございますし」
「私も多分そんなところだと思っていました。私に否があるか子供さんに今にわかりましょう。僕は静かに成り行きを見ていましょう」
「何しろ小林先生もあなたが承知下さったと言いにおいでになった時は非常にうちでも安心されましてね。小林先生もやっと責任が果たせたといって居られました」
「苦心されたそうで」
「すみませんでした」
彼は宅を辞した。一年間の疑雲の根拠が薄くなってきた。再び自分を考えさせられてきた。
「小林先生も大変心配していた」第三者の言を自分の境遇に適応した自分の浅い心を、
今 部長の死の言葉によって解決できた。
「お前は小林氏をどう思うか」
病の床から呼びかけられた言葉を思いだして胸がかきむしられそうになった。
「私は好きです。先生の人格に敬服しています」
お前は正当な心で言ったではなかったか。
あの一年間の間、お前は心で何を言っていたか。
「先生許して下さい」
「先生僕が一年間取った態度をお攻めになるのですか? 先生どうぞ許して下さい。僕が誤っていました」
彼は部長の死により再び以前の小林氏を信頼することが出来た。 彼は小林氏に真に許していただきたく時期を待っていた。彼の心は清い空のごとく澄んでいった。
   
   二五八七・八月 をはり



長い文章をご精読いただいて感謝いたします。つづいて、作者が若い頃を振り返りながら書いた「参考分」を掲載します。参考文はこちらをクリックです。


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